何でハセヤンはそんなにおもしろいの?
ストレートな質問だねえ。そうだね、まず、ぼくという人間 から説明した方が、ここのカナディアンファームについても分 かりやすいだろうから、そこから、知ってください。
ぼくは、京都に生まれて、日吉ヶ丘美術工芸学校西洋 画科に入学したんだ、まもなく16歳で白樺湖のホープロッ ジという牧場に手伝い人としていったのが、こういう生活を 夢見るきっかけだったんだ。
そこのホープロッジの酋長(川村 嘉彦氏)に魅入られて、北志賀高原竜王スキー場に丸 太小屋作りを手伝ったり、アメリカンスクールのサマーキャン プを開催していたので、外国人の子どもと一緒に暮らすこ とになった。
そんなこんなで、すっかり、こんな生 活にあこがれてしまったんだ。その後、年8回のペースで竜 王や白樺湖のホープロッジに通って牛や馬を飼うことを学 んだり、家造りを学んだりして、高校生活を過ごしていったんだ。
そんな、高校生活も卒業を迎えようとしていたころ、人 生を掛けて、この道に進んで生きたいことを酋長に打ち明 けたところ、”まだ18歳で、あせることもないだろう、何かまったく 別なことをしてちゃんと社会経験をつんでから弟子入り
しに来なさい”と言われ、
体をきたえながら建築や、アウト ドアの必要な知恵を会得したり。大型の運転免 許を取ったり,ちゃんとお金になる仕事も出来るために、 京都市消防局の救助隊に3年間勤務したんだ。
21歳からはホープロッジに弟子入りして独立できる日に備えて 牛の乳搾り、馬・やぎ・ひつじ・ブタ・ニワトリの世話、 イワナ・マスを飼い、畑を耕し、手作りの小屋を建て、 筋肉もつけ、自信もたっぷりつけて、3年間掛けて、 じっくり、じぶんを作っていったんだ。
その後、アメリカとカナダに修行の旅に出た。目的は アメリカ各地にある教育村やナショナルパークの視察と、 インディアンリザベーション、ヒッピーのコミュニティー等を 見て回ること。
でも、旅の半分くらいは方々で日銭を稼ぐために 大工仕事をしたり、レストランの皿洗いをした、アメリカ、 カナダ、アラスカ、メキシコ、グアテマラなど、車で3万マイル、 バスで2万マイルは走った。
毎日2種の色んな、物語が出来るほど、充実した日々を 2年間過ごした。でも、旅の後半のグアテマラ・ ウスマシンタ川 をイカダ下りをした時に飲んでいた、川の水にやられて、 肝炎となって、南米行きを断念して帰国、肝炎の治療に 半年以上かかったけど、その後も、ホープロッジは病み 上がりのぼくを受け入れてくれた。
そこで、体力と気力が かなり減退していた時に出会ったカナダ人と、一緒に 独立したことで、カナディアンファームは始まった。
それ以降、毎年一棟づつ建物を増していき、農と食を 中心に、それに関連する工作物もすべて手作りに こだわるようになったんだ。
ハセヤンの履歴書
@古材丸太小屋作り 16歳から29棟
A天然酵母パン作り 21歳から、今はパン菓子加工業
B石窯作り 27歳から石窯内装ボイラーは特許出願中
Cスモークサーモン 29歳からで、冷薫装置も特許出願中
Dレザークラフト 18歳から23まで大ヒットでした
E脱サラ(脱公務員) 21歳
F田舎暮らし 16歳・27歳
G有機農業 21歳からずうっと
H牧場業 21歳から家畜を食べるために飼う
Iチーズ作り 23歳
J銀細工 24歳 メキシコのタスコで
K秘密基地作り 11歳
L長期体験型キャンプ 16歳の時にこれが今の生活の始まり
以上、順不同にぼくが手がけてきたことを並べてみ
ました。こうしてみると、そのほとんどは、今の時代の
中で、多くの人が「やってみた〜い」と思うようなこと
ばっかりだね。ぼくは、じぶんも、まわりの人もたのしい
ことしか、 したくない。このライフスタイルは
結構楽しいですよ!
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