ひとつひとつのメニューには誕生秘話があります。今回はスモークビーフステーキのおはなしです。

スモークビーフステーキには特別の思いが詰まっている。

僕が34歳の秋のある朝、庭の石窯の周りをうろつく怪しい男を目にした。
話を聞けば、彼のレストランにも石窯があり、スペイン風のパンなどを焼いているという。

大概の見学者は「アイディアをいただきに来ました」というような侵入の仕方をしてくるのだが、
彼には興味津々の様子の中にも余裕があり、経験深い話を聞くうちにすっかり打ち解けてしまった。

彼の名は尾花新生氏。
福岡県でイビサというレストランをやっていて、
今から北海道へスモークサーモンを仕込むための旅をするのだと言う。

そのために買ったばかりだという新車を覗いてみると、
薪やら七厘やらがギッシリと隙間もないくらいに積まれていて、とても新車には見えない。

10分と経たないうちに意気投合し一緒に旅をすることになった。

その日のうちに青森まで走り、そこで生まれて初めて
七厘とタキキで作ったスペイン風のパエリアを食べたのだ。

そのあと小樽で漁師をしながらタコ燻、法華の日干しをする仲間の作業を手伝った後、
サーモンを仕入れて塩漬けにし、富良野にあるカレーで大繁盛の店、ドクソンヘ。

そして、ここのマスター宮田氏もやはり強烈なインパクトの男。
そのドクソンの庭を借りて北海道産のサーモンを干す一日が始まった。
とはいっても、僕の作業はといえば、ハエをたたくのがほとんどだった。

ちなみにイビサの尾花氏には、当たり前の日本人だとは思えない、彼にしかない人間臭さがある。
それが僕には不思議な安心感を感じさせた。

彼と強烈なドクソンの宮田氏との二人に囲まれると、僕がまるで平凡なシティーボーイのように思えた。
ここで出来上がったスモークサーモンを土産に大樹町の半田ファームへ向かった。

彼は昔からの友人で乳牛専門の酪農家。
厳しい経営の中でも彼の目は輝いていた。
チーズ工場にかける夢があったのだ。

半田氏はそれから10年後に夢をかなえ、そのチーズは横浜の大会でグランプリを獲った。

この旅で出逢った仲間たちは皆、究極の味を産出しているのだ。

尾花氏との旅の後、ファームへ戻った僕は、何だか一回り大きな夢を見られるような気になっていた。
色んな仲間に出逢ったおかげで今がある。

あの旅からいったい何年魚や肉を塩漬けにし続けただろう。
もしかしたら満足できるスモークを作るには一生かかるのかもしれない。

サーロインステーキの味のバラツキを解消するためにメニューからステーキをはずし、
それに代わる料理としてスモークビーフを始めざるを得なくなっていたときには、
イビサで食べたスモークビーフステーキとは程遠いが、自分なりの味が生まれることになった。

窯の直火で焼くと、カナディアンファームでなければ食べられない味となるのだ。
安易に生まれたハンバーグやローストチキンに比べ、なんて年月をかけて育て上げた料理なんだろう。


閉じる